AIDS文化フォーラム in 横浜
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    8/8はAIDS文化フォーラムin横浜で上映会&岩室先生とのトークがありました。
    今回のAIDS文化フォーラムのテーマは「今こそ共に生きる」ということで、「ちづる」の上映を企画していただきました。
    上映後の岩室先生とのトークは緊張し過ぎて正直自分が何をお話ししたか思い出せないのですが、岩室先生が上手に話を引き出してくださいましたのでなんとか最後までお話することができました。^_^;岩室先生、本当にありがとうございました!

    岩室先生に「ちづる」を紹介してくれた叔父も駆けつけてくれて、全プログラム終了後の交流会で岩室先生と3人で飲むという夢がついに叶いました。高級長屋(マンション)の理事会からの不思議なつながり。素敵なご縁に感謝です。


    昨日は上映会の前に岩室先生のご講演のプログラムに参加させていただきました。
    岩室先生はAIDSの治療だけではなく予防という観点から、全国の学校でHIV感染の予防法やAIDSの啓発活動をされています。
    様々な若い人や患者の方の話を聴く中で、HIV感染が今尚広がっている背景には知識・情報が広まっていないという単純なものではなく、人間関係の希薄化や社会に蔓延している無関心が深く関係していることに気づかれたそうです。
    思春期の子どもが抱えている多様な問題、家族関係、学校の中の友達付き合い、恋愛…実際にあった様々な事例を挙げながら、共通して「人と人との関係性によって生きる力が育まれ、その結果こころと身体の健康に結びついていく」というような話がありました。

    本当に勉強になりました。終わった後もお話を思い返しながらずっといろんなことを考えていました。

    気になったのは講演中何度も出てきた「居場所」というキーワードです。
    居場所は、人とのつながりや関係性とも言い換えられます。
    「ちづる」の中でも僕が妹の現状について「居場所がないじゃん。ここ(家)しかないじゃん」と母に話すシーンがあります。
    福祉の仕事をする中でも盛んに「地域の中に居場所が必要だ」と叫ばれています。
    僕は今まで、とにかく居場所が必要なんだ、とずっと信じて上映活動も仕事もがんばってきました。
    でも岩室先生のお話を聴きながら、
    アレ?そもそも何で居場所は必要なんだっけ?何で人はつながりたがるんだろう?という疑問にぶつかりました。
    「別に無理に面倒くさい人間関係作らなくても、世の中便利になって1人で気ままにやっていけるし…。でもずっと1人だとつまらないし、もし良い出会いがあれば人生楽しくなるしハッピーじゃん?」
    そんな程度の発想だったのだと思います。そこまで掘り下げて考えたことがありませんでした。
    実は、居場所というものは生きる力、人の命に不可欠なものだということにご講演を聴いて気づかされました。

    人と人との関係性によって「生きたい」と願う力が育まれます。「生きたい」という願いが生まれると、命の重さや「目の前のあなたは大切な存在」ということがわかります。
    逆に、人と上手く関係を作れず、「生きたい」という力が弱まって心が病んでしまい、「目の前のあなたは大切な存在」と思えなくなってしまうと、人の価値観を無視した行動をとってしまうこともあります。
    いじめやストーカー、ニュースで目にする様々な事件や不祥事も、実はこうした構造から生まれる心の病が関係していると岩室先生はお話されていました。
    それから、「居場所は一つだけではダメだ。複数の居場所があって生きる力が育まれる」と強調されていました。
    僕はそれを聴いて「たぶん単に人に囲まれている状態になればいいということではないのだろうな。人の中にいても心の中は空っぽのときもある。心から信頼できる人たちとたくさんつながろう、ということなんだろうな」と思いました。

    ここで、僕の中でずっと整理できずにバラバラになっていた点と点がつながった感覚を覚えました。
    よく映画をご覧いただいたお客さんから「自分の家族を撮ろうなんてすごい勇気ですね〜」と声をかけていただくことがあるのですが、いつも「謙遜とかじゃなくてホントに勇気があるとかそういうことじゃないんです〜」と心の中で思いながら上手く説明ができずにいました。
    それが「あ、生きるために必要だったんだ。「ちづる」は居場所作りだったんだ」とわかって腑に落ちました。

    僕は妹のことは隠しながら友達付き合いをしていました。障害をバカにするような冗談に怒りと悲しみを感じながらその場では苦笑いして過ごしてきました。そんな嘘をついている自分が情けなくて嫌いでしたし、家族に対しても後ろめたさを感じていました。嘘をついて築いた人間関係にもいつもどこか虚しさがつきまとっていました。人生そんなもんだと自分に言い聞かせて、テキトーに取り繕ってきました。今思うと自分自身にもうまく居場所を見つけてやれなかったのだと思います。

    父が突然亡くなって、僕ははじめて人は本当にいつか死ぬということを実感しました。ずっと他人事に思っていた死が、いつ自分の身にも降り注ぐかわからないものだと悟って恐ろしくなりました。命のありがたみに気づいて、生にすがりつきました。
    障害への差別に傷ついた痛みと、父を失った喪失感と、死への恐れをいよいよ1人では抱えきれなくなって押し潰されそうになりました。そうした精神的にギリギリの状態になったときに恐かったのは、時折憎しみに駆られて鬼になってしまいそうな自分に気づいたときでした。ニュースで無差別殺人事件の犯人のことを知ったときに、ショックを受けたのと同時になんとなく他人事に思えませんでした。もしかしたら自分も紙一重で、あともう少し追い込まれていたら誰のこともどうでもよくなってとんでもないことをしていたかもしれない、という気が一瞬してしまい自分でも驚きました。かなり心を病んでいたのだと思います。でもそんなときもなんとか笑っていられたのは、幼い頃からお世話になった色んな人たちの顔が浮かんでいつでも自分を見失わずにいられたからだと思います。

    大学に入って、必死になって自分の思いを分かち合える人を探し、大切な友人に出会えて自分の居場所を見つけました。信頼できる人と出会ったときは本当に救われて生きていてよかったと思いました。でも押し潰されそうな気持ちは常に潜んでいて、卒業が迫ってきて信頼できる人との別れを意識したときに、また再びその暗い気持ちに襲われました。
    この先も何十年もずっと家族のことを隠して、自分にも人にも嘘を重ねていって、また虚しい人間関係を築き続けて生きていかなきゃいけないのか?そうやってそのままいつか人生を終えるのか。
    未来の自分を想像したときに精神的な死を感じました。そんな虚しくて辛い人生を生きたいと思えませんでした。
    卒業制作の相談をしているときに池谷先生から「妹を撮ったらいい」と提案していただいて、考えに考えた末、自分が生きていく居場所を作るためには、家族を隠すことをやめる方法しかないと思ったのです。
    勇気があるとかではなく、人とつながって生きていくためにとにかく必死だったのです。
    映画が完成して人にご覧いただいて、自分と家族を受け入れてもらったとき、パァーッと目の前が明るくなって自分の中の暗い気持ちが吹っ飛んでいったのを感じました。そのとき思わず口から出た言葉は「生まれ変わったような気持ちです」でした。
    そのときは自分でも「おおげさだな」と思いましたが、岩室先生のお話と照らし合わせて振り返ってみると案外勘違いでもなかったのかなと思いました。
    どんなに忙しくなっても上映活動がちっとも苦にならないのは、お客さんに映画を見てもらうことで僕はお客さんの中に居場所を見つけられて生きる力をたくさんいただいているからなのだなと思いました。

    本当にたくさんの学びがありました。岩室先生、ありがとうございました。

    長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいた皆さんありがとうございました。
    それではまた☆
    | 赤 正和 | - | 08:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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